近年、顧客や取引先からの過剰な要求、執拗な抗議、あるいは人格を否定するような暴言といった「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が深刻な社会問題となっています。特に現場で直接顧客と接する中小企業において、カスハラによる従業員のメンタルヘルス不調や突然の離職は、貴重な人材を失うだけでなく、職場全体の士気を低下させる重大なリスクです。
こうした状況を受け、2025年6月に公布された改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日から、カスハラ対策がすべての事業主の「雇用管理上の措置義務」となります。中小企業を含む、労働者を1人でも雇用するすべての事業主が対象で、企業規模による猶予措置はありません。義務違反に対しては、行政による助言・指導・勧告、さらには企業名の公表という対応も予定されています。施行まで残りわずか。今回は、理不尽なクレームに対する法的なアプローチと、施行日までに企業が整えるべき防衛策について解説します。
1. どこからが「カスハラ」?正当なクレームとの法的な境界線
顧客から苦情を受けた際、最も難しいのが「これは正当なクレームなのか、それともカスハラなのか」という判断です。自社の商品やサービスに不備があった場合、顧客が不満を述べたり改善を求めたりするのは当然の権利です。
この点、改正法および厚生労働省の指針(2026年2月公布)では、カスハラは「顧客等の社会通念上許容される範囲を超えた言動により、労働者の就業環境が害されること」と整理されています。具体的には、以下のような要素が含まれる場合、法的な権利の範囲を超えた「カスタマーハラスメント」と判断されます。
● 手段・態様の悪質性:大声で怒鳴る、机を叩く、何時間も拘束して帰らない、従業員に土下座を要求する、SNSへの晒し上げを示唆して脅すなどの行為。
● 要求内容の不当性:商品の軽微な不具合に対して「全額返金しろ」「慰謝料として100万円払え」など、社会通念上、法的な根拠のない過剰な要求を行うこと。
弁護士の視点から言えば、たとえ要求の根拠自体は正当であっても、その「手段(暴言や脅迫)」が行き過ぎていれば、その時点で違法なハラスメント(場合によっては恐喝罪や強要罪などの犯罪)となり得ます。
2. 対策を怠ると会社が訴えられる?企業を襲う「二重の法的リスク」
経営者の中には、「お客様の言うことだから、多少の無理は我慢しなさい」と従業員に耐えさせてしまうケースがあります。これは非常に危険な経営判断です。対策を怠る企業は、今後、次の二重のリスクにさらされます。
① 従業員からの損害賠償請求(安全配慮義務違反)
会社には従来から、従業員が安全で健康に働ける環境を整える「安全配慮義務」(労働契約法5条)があります。従業員が顧客から悪質なカスハラを受け、心身に異常をきたしていることを知りながら、会社が具体的な対策(担当者の交代、顧客への出入り禁止措置、警察への通報など)を講じずに放置した場合、会社自身が従業員から損害賠償を請求されるリスクがあります。
② 行政対応・企業名公表(改正法の措置義務違反)
2026年10月1日以降は、これに加えて、改正労働施策総合推進法に基づく措置義務(方針の明確化・周知、相談体制の整備、事後の適切な対応など)を怠った場合、労働局からの助言・指導・勧告の対象となり、勧告に従わない場合には企業名が公表される可能性があります。「顧客第一主義」を隠れ蓑にしたハラスメントの放置は、民事・行政の両面で法的な経営リスクそのものです。
3. カスハラに屈しないための「組織的対応」と現場の防衛策
カスハラから現場を守るためには、従業員個人に対応を委ねず、会社全体として組織的に対応する仕組み(体制)を作ることが不可欠です。これは、改正法が事業主に求める措置の中核でもあります。
防衛策①:基本方針の明確化とカスハラ対応マニュアルの策定
「カスハラには組織として毅然と対応する」という会社の方針を社内外に明示したうえで、「どのような言動があったらカスハラとみなすか」「20分以上平行線が続いたら、上司に引き継いで通話を切る」といった、現場が迷わない具体的な基準を定めたマニュアルを作ります。
防衛策②:証拠の確保(録音・録画)
電話の自動録音システムの導入や、対面窓口での防犯カメラ設置を進めます。相手方に「確認のため、これ以降の会話は録音させていただきます」と伝えるだけで、暴言がピタッと止まる抑止効果もあります。
防衛策③:相談窓口の整備と被害従業員へのケア
従業員がカスハラ被害を一人で抱え込まないよう、社内の相談窓口を整備し、相談したことを理由とする不利益取扱いをしないことを明確にします。被害を受けた従業員に対しては、配置転換やメンタルヘルスケアなど、事後の適切な対応を行います。
防衛策④:弁護士や警察との速やかな連携
「殺してやる」「会社を潰してやる」といった脅迫的な発言があった場合は、直ちに110番通報します。また、不当な要求がしつこく続く場合は、「これ以降の交渉は、弊社の顧問弁護士が窓口となります」と通告し、弁護士に対応を一任することで、現場の負担を大幅に軽減することができます。
まとめ:義務化を「守り」から「攻め」の体制づくりの好機に
悪質なカスハラを行う顧客は、もはや「お客様」ではありません。そのような理不尽な要求に屈して妥協することは、ハラスメントを助長し、真面目に働く大切な従業員を傷つけ、結果的に会社の信用を損なうことに繋がります。そして2026年10月1日以降は、対策を講じないこと自体が法令違反となります。
当事務所では、御社の業種や現場の実態に合わせた「カスハラ対応マニュアル」の作成支援、就業規則や社内規程の整備、従業員向けの対応研修の実施、さらには悪質クレーマーに対する窓口代行(弁護士による対応)や法的措置(面談強要禁止・架電禁止の仮処分等)まで、改正法の施行を見据えた総合的なカスハラ防衛策をご提案しております。施行日を迎えてから慌てるのではなく、ぜひ一度ご相談ください。
