近年、業務のデジタル化を進め、契約業務を紙と実印から電子契約システムへ移行する中小企業も増えています。
コスト面のメリットが注目されがちですが、契約書に印鑑を押さなくても良いのかなどと漠然と不安をお持ちの経営者は少なくありません。結論から申し上げれば、原則として、契約書は締結済みの契約の存在と内容を示す証拠としての価値が大きく、適切に設計・運用された電子契約は、紙の契約書と同等の証拠力を持ちますので、導入が推奨される仕組みであるといえます。
1.電子契約の効力を支える条文
契約は、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を要せず、当事者の合意によって成立します(民法522条2項)。法令に特別の定めがなければ、書面や押印は成立要件ではなく、争いになったときの証拠にすぎません。その証拠力を担保するのが、紙については民事訴訟法228条4項であり、電子データについては電子署名法3条です。
ただし、最も誤解されやすい点ですが、電子署名法3条の推定はすべての電子署名に及ぶわけではありません。推定が働くのは「本人だけが行うことができることとなるもの」、すなわち固有性が確保された電子署名に限られます。この点、クラウド型で一般的な事業者署名型(立会人型)についても、二要素認証等により固有性の要件を満たせば推定が及びうる、というの総務省等による整理です。
逆にいえば、メールアドレスの確認のみで完結する簡易なサービスでは、電子署名があるだけでは推定が及ばない可能性があるということです。この場合、本人の意思に基づく文書であることを自社が立証しなければなりません。サービス選定は料金の比較ではなく、この立証負担をどちらが引き受けるかという問題です。
なお、しばしば混同されますが、電子帳簿保存法は税務上の保存義務を定める法律でり、契約の効力を左右するものではありません。要件を欠いた場合の帰結は、契約の無効ではなく税務上の不利益です。
2.導入時の2つの落とし穴
① 相手方の「なりすまし」「権限逸脱」リスク
相手方の担当者が代表者に無断で契約を締結した場合、原則は無権代理であり、契約の効果は相手方会社に帰属しません(民法113条)。契約の有効を主張したいのは自社ですから、表見代理や表見代表取締役を主張・立証する負担は自社が負うことになります。メールアドレスの確認のみのような推定が及ばないサービスであれば、そのハードルはさらに上がります。
そのため、取引金額が大きい契約、M&A、業務提携契約等の重要な取引では、二要素認証を備えたサービスか当事者署名型を選択し、さらに登記事項証明書や委任状による権限確認を社内フローに組み込むほか、契約書に権限に関する表明保証条項を設けておくと安全です。
② 書面・公正証書が必要な契約の見極め
「電子化できない契約」は、令和4年5月18日施行のデジタル社会形成整備法を皮切りに大幅に減りました。定期建物賃貸借は電磁的記録による締結が可能で(借地借家法38条2項)、事前説明も賃借人の承諾があれば電磁的方法によることができます(同条4項)。一般定期借地権(同法22条2項)等も同様です。
3.「電子契約管理規程」で社内のガードレールを引く
システムを導入するだけで満足せず、社内の運用ルールをセットで策定することが不可欠です。中核は承認権限の明確化です。「1件あたり〇万円以上の取引は必ず取締役の承認アカウントを経由させる」といった金額基準を定めておけば、権限逸脱を未然に防げます。あわせて、ID・パスワードの共有禁止や退職者アカウントの即時停止といったルールも設けます。
電帳法対応については、過度に構えている企業が少なくありません。真実性の確保に求められるのは、タイムスタンプの付与、訂正・削除の履歴が残るシステムでの保存、事務処理規程の備付けのうち、いずれかを満たすことです。中小企業では事務処理規程による対応が現実的で、「電子契約管理規程」と一体で設計すれば、コストを抑えながら法令対応と社内統制を両立できます
まとめ
仕組みを正しく理解し、契約類型に見合ったサービスを選び、運用規程を整えておけば、紛失・劣化のリスクが大幅に低減できる点で、紙の契約書よりもむしろ堅牢な経営基盤を作れます。一方で、「どのサービスでも紙と同じ効力がある」という理解も、「もう何でも電子化できる」という理解も、いずれも正確ではありません。自社が扱う契約類型に即した見極めが必要です。
当事務所では、中小企業の適正なデジタル化を支援しております。
